「魔の山」は長かったけど、充実した読書体験

名作古典文学である「魔の山」を読み終えた。

 

 

 

3か月ほどかかったか。

途中、他の本を何冊も読んだ。

ずっと、同じ料理を食べさせられ続けるのは苦痛なのだ。

「お口直し」が必要であった。

1500ページほどあり、読み終わってもよくわからなかった。

ただ、ずっと気になっていたので修行と思いながら読んだ。

やはり、読み終わったらすがすがしさがある。

どっぷり「魔の山」の世界に入りきっと一生読書体験としては記憶に残るであろう。

 

「罪と罰」を読んだ時もきつかった。

なんでつらい思いをしてまで、本を読まないといけないのか。

字面を追い、想像しながら読むには相当な集中力がいる。

宗教的な話など、背景知識がないのでチンプンカンプンである。

それでも、ゴリゴリ読んだ。

読書の基礎体力をつける訓練である。

 

反対に、わかりやすい本ばかり読んでいると

なぜか充実感がない。

そしてたまに重厚な古典や名作を読みたくなるのだ。

 

内容はさておき、「魔の山」はやはり唯一無二の感じはある。

このような小説は読んだことがない。

 

印象にのこっているシーンはショーシャ婦人とのやり取りである。

韃靼人のような目、上品さに少し欠ける行動、はっきり物事を言わず焦らす言動

男はこういう女性に惹かれる そこはうまいと思う

こころがとらわれてしまったハンス青年の気持ちはわかる

 

個性的なキャラが次々に登場してくる。

サナトリウムという一つの舞台は変化していないのに、深く広い世界を見させられたような感覚だ。

 

意味を求めてはいけないような気がする。

「没頭させてくれた時間」こそが 読書の醍醐味な気がする。

 

名作長編は年に1冊くらいは読みたいかなとおもった。

その時間こそが大切な気がする。

美学について

美学っていい言葉だと思う。

美学について考えてみました。

自分の考える美学の定義とは

1.他人に強制することも、強制されることもない考え

2.科学的思考ではないことも多い

3.未来志向ではないことも多い

4.直観的である

5.基礎知識はある(無知識の上に成り立つわけではない)

 

こんなところです。哲学とも違う軸。

 

1.他人に強制することも、強制されることもない考え

簡単に言えば、他者に「こっちのほうがいいよ」と言うようなことではないという事です。逆もそうで他者の意見で変化しない考えです。

頑固とは違います。思考事態は柔軟に変わりますが、それは内的な変化です。

 

2.科学的思考ではないことも多い

例えば睡眠時間は7時間はとったほうがいいという科学的データがあったとします。でも自分は4時間ほどの睡眠で調子がいい場合、4時間睡眠は美学になります。でも科学的ではありません。きっと周りは「7時間は寝たほうがいいよ」と言いたくなるでしょう。

 

3.未来志向ではないことも多い

4時間睡眠の場合将来健康を害する可能性があります。でもそこまでは考えません。考えてもいいですが、それは二の次ということになります。

 

4.直観的である

いいとおもったものはいいというシンプルに直観的です。4時間睡眠のほうが調子がいいと思っている(思い込みでもOK)。

 

5.基礎知識はある(無知識の上に成り立つわけではない)

7時間睡眠のほうが健康にはよいという知識はあるけどあえて4時間睡眠を行う場合です。知らずにいてもいいですが、それはただの無知になってしますので美学ではない気がします。

 

食事や人間関係、仕事、趣味、お金・・・すべてのことに美学が適用できると思います。SNSで情報があふれているからこそ、これからは美学が重要になってくるのではないか。

美学がある人は強いと思います。

美学がないとSNS時代は生きにくくなるかもしれません。

一つの考えが自分の考えなのか、他人の考えなのか(AIを含めて)わからなくなる恐れがあります。

 

「夜と霧」から考える

ヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」を読んだ。

 

 

160ページほどであり、すぐに読めた。

ずっと気になっていたけど読めなかったのだ。

なんとなく避けていたように思う。

ナチスドイツ下でのユダヤ人のお話だ。

アウシュビッツ収容所での出来事なんて悲惨に決まっている。

そう思うと読めなかったのだ。

でも、いつも頭に思い浮かび、もう読んでしまおうと思った。

やっぱり内容はきつかった。

著者は精神科の医師である。

生存者+専門家から見て収容所生活はどう解釈されるのか興味があった。

これは哲学書であった。唯一無二といってもいいのではないか。

このような悲惨な目に会い生き残った人は少ないだろう。そして専門家として、記録に残すということは1000年経っても古典として残るであろう。

人間の残虐性はもちろんであるが、また適応能力の高さもある。

精神だけは自由であり、どんな状況でも侵せない領域なのだ。

生き方は自分で選べるんだということを強く教えてくれる。

書くと単純である。なんとなく陳腐な教えのようにも感じてしまう。

でも、読書をしたあとでは自分が今おかれている状況がいかに幸せであるかを痛感しないではいられない。

読書をしないと得られない感覚。

不思議と心が落ち着いたのだ。

 

名作とよばれるものには、パワーがある。

それは読んでみないと絶対にわからない。

 

でも10代や20代でこれを読むことは危険なような気もする。

今ある幸せに感謝することは大切であるが、それは年をとってから味わうものだと思うからだ。

若いうちは人に迷惑をかけてでも自分の道を突き進んだほうがいいと思う。

苦しんだほうがいいと思う。

周囲の事など考えなくてもいいと思う。

だからこそ年をとったときに人のやさしさに感動し、感謝が芽生えると思うからだ。

 

収容所とは違うけれど、職場だって自由がきく場所ではない。

でもそこでどうふるまうかは自由に決めることができる。

 

置かれた環境でいかに能力を発揮するか、自分を見失わないで過ごせるか。

そんなことまで考えさせてくれる。自己対話を促してくれる本だった。

選挙に分散投資の考え方を取り入れる

投開票まで1週間となりました。

盛り上がっているような盛り上がっていないような。

適度に選挙を楽しもうと思っています。

 

どこの政党に入れるか?

どの政党も耳障りのいい公約ばかり並べています。

全部はできないでしょうが、第1次高市政権では有言実行してくれたなと思います。

維新の会、国民民主の力が大きかったと思います。

とても良い形の政治ができていると思いました。

 

与党第1党(自民党)が圧倒的に強くならないことが重要だと思います。

投資でも「1つのバスケットに卵を入れるな」と言われます。

落ちたら全部割れるから。

政党の場合、暴走したら終わりです。

政党も分散投資がやはり王道ではないかと思います。

単独与党より連立与党。

連立与党よりも多党分散。がいいと思います。

 

政策で決めるのもいいと思いますが

力が分散するように投票先を決めるのも、面白いかと思います。

 

ただ立憲民主党は選挙前と選挙後で真逆の政策をした過去がある(消費増税)ので信用ならない政党です(その時の党首が中道の現党首です)。いい顔をして悪い事をしてます。国民は忘れてはいけないと思います。

 

公明党は優しい政党だと思いますが、善意のばらまきをするので考えものです。

 

自民党は「だって人間だもの」(裏金、キックバック、権力に弱い)を地で行っており悪い顔して悪い事するのでまだ信用できます。

 

国民民主党はいいですね。不倫までしてしまう党首。人間的だし、政策実行能力はあるし。おっちょこちょいの優等生。

 

参政党も尖っていていいですね。ヒール役をしてくれています。消費税0。国民負担率35%。歳出を相当削らないと駄目ですね。見方によっては今のシステムは破壊されます。

 

チームみらいは応援してます。書類を減らしてください。AI医師を増やしてください。

 

3-4の党が切磋琢磨する。これこそ民主主義な気がします。

2大政党制はおそらく歴史的には失敗するでしょう。

今の日本政治は理想的な形になってきていると思います。

ただ、一党暴走は避けたいです。

総選挙って結構好き

なんだか政治が騒がしくなってきました。

私は結構選挙が好きです。

年々好きになっていきます。

大義名分が…とかどうでもよくて

ただ単に面白い。

6月ころかなと思っていたのが2月になったので、急に好きなアーティストのライブチケットが当たったみたい。

 

戦国時代の陣取り合戦を見ているようで、最高のエンタメだと思っています。

人間の欲望がむき出しになってくる選挙は面白い。

前言撤回上等で何食わぬ顔して選挙演説している政治家に人間の力強さを感じます。

政治屋にとっては、落ちれば失業ですからまず目先の利益を優先する行動をとります。

長期視点など持てるはずはないのです。

平気で嘘をつき、にこにこしてテレビにでている政治屋さん達。

最強メンタル集団だと思います。

多分、高市さんは躁状態になっていているのではないかな。

政治屋さんに学ぶべき事は多いと思います。

処世術モンスターです。

海外では通用しませんが日本では十分通用します。

 

安定の参院選より欲望むき出しの衆院選のほうが好きです。

もちろん毎回選挙には行きますし、家でも政治的な話を子供とよくします。

40代おじさんですから、保守的な考えをしています。

 

私は選挙の時には2つの軸で投票先を決めています。

① ちゃんと削減することを明記しているか(まずは余分なものを減らす)

② 30代以下の若い世代にとって良い政策であるかどうか(未来への投資)

 

です。

今回の衆院選は「中道改革連合」ができたことで面白くなってきました。

さてどうなることか。

 

変わり者が人生にスパイスを与えてくれる 金原ひとみ「ナチュラルボーンチキン」

金原ひとみさんの「YABUNONAKA」で衝撃的読書体験をして

もっとほかの作品も読みたいと思い「ナチュラルボーンチキン」を読みました。

「YABUNONAKA」ほどの重さはなくライトな小説でした。

この振れ幅はすごいなと思います。

 

 

 

 

主人公は45歳中年女性(浜野文乃)。ルーティン生活をこよなく愛しています。

ミニマリストのようにいつも同じ服を着ています。私と年齢が一緒で、まずキャラにドはまりしました。

日常はなるべく、波風立たずに過ごしたい。余計な仕事はしたくない。余計な人間関係は持ち込みたくない。

職場と家の往復+帰宅後のサブスク。

中間層のデフォルトのような生活をしていますが、結構心地いい。

40代というのがミソです。40年も生きれば、何らかのメンタルをえぐられる様な経験を皆しているものです。他人から見たらなんともないことでも、本人にとったら「とんでもないこと」。

主人公は10年前に離婚・不妊治療失敗を経て、45歳でルーティン生活に落ち着いています。

その心地よさが分かるのです。

「今度恋愛をして傷ついたら、二度と立ち上がれません」

みたいなことを言います。

 

とてもよくわかる。

 

傷ついた後のメンタル回復時間や労力が半端ないことを経験しているから。

そんなことが起きるくらいなら、何もないほうがいいとさえ思います。

明日も今日と同じ日が来ますようにと思います。

でも、それと同時に「このままで大丈夫か?」というアンビバレントな感情もわいてきます。

金原ひとみさんはこういった感情を拾うのが上手だなと思います。

 

そこに職場の極端な陽キャがでてきて物語が展開していきます。(名前も平木直理)

とっても羨ましい性格をしています。

才能があり、人に媚びることなく、時間にも生活にもお金にもルーズだけどメンタルは安定。

最強の人ではないか。こんな人になりたい。

 

無理やりライブに連れていかれたり、昼休憩から中華ビュッフェを食べに連れていかれたり。

昼休憩という概念もないから、平木直理は自由に働いています。

そして彼女を通して知り合っていく人と物語は明るいほうへと進んでいきます。

 

学生時代に同じような陽キャの友達がいて、いろいろな世界を見せてくれました。

変な友達だったけど、私の人生の中ではいつまでも鮮明に思い出が残っています。

先生には失礼だし(学長に誰このおっさん?てきいたり)、自分は天才ですって言ったり(試験には落ちてました)、先輩はおちょくるし(飲み会で寝てしまった先輩に唐揚げみたいにレモン汁をかけてました)。

その人はスケボーをしていました。

 

この平木直理もスケボーしています。共通点が多くて当時を思い出しながら読みました。こういった人はとても熱いんだけど近づいても火傷をしない。不思議な人種です。

自分とは価値観を共有していない人が自分の人生にスパイスを与えてくれる。

経験上それは真理なんだろうなと思う。

 

変わり者と「出会った世界線」と「出会わなかった世界線」はあきらかに違う。

またこんな経験をしてみたいなと思いました。

村上春樹訳 なんとか読めたよ「フラニーとズーイ」

古典、難解、思想的な本を読むにはパワーがいる。

そんな本だった。

救いは300ページほどなので、「罪と罰」に比べればハードルは下がる。

村上春樹さんの訳本を読むことにはまっており、その一環で読んでみたのだ。

なんの基礎知識もなしに読んだので、難しかった。

 

 

 

 

でも、複雑な問題を解いていくような心地よさがあった。

ファストフードみたいな本ではなく、洗練された日本食みたいな本。

知れば知るほど奥深そうという感じの本。

みんながいいというから、いい本なのだろう。

その良さがわからなければ、自分が悪い。

 

DJサリンジャーの作品を読んだのはこれで2作目だ。

1作目は「ライ麦畑でつかまえて」村上春樹訳だ。

「フラニーとズーイ」にも似たような雰囲気を感じた。

何か実体のないものに対して怒っているし、世界を汚いものという前提で捉えている。

 

時代背景のためなのか、青年期特有のものなのか、育った環境のためなのか

何か精神的な困難を抱えていたためなのか。

1961年の作品らしいのでサリンジャーが42歳の時の作品だ。

なにか嫌なことがあったのだろうか、と疑ってしまう。

 

ただその怒りはなんとなくわかる気がする。

自分は何者なのかに悩む思春期

社会の理不尽と自我の理想とに悩む青年期

色々あきらめる中年期

と私は中年期までやってきた。

 

「ライ麦畑でつかまえて」は思春期小説

「フラニーとズーイ」は青年期小説 という気がする。

 

そして、頭が良すぎるのも考えものだ。

色々と汚いものが見えてしまうし、知識も豊富だから現実の複雑さをそのままとらえることができず苦しんでしまう。

高学歴中年問題も頭をよぎった。

「まあ、適当に生きればいいじゃん」ができない苦しさがあると思う。

サリンジャーは晩年、隠遁生活を送っていたようで現実からの逃避したかったのかもしれない。

中年になり「あきらめる」事ができなかったのではないか。

 

そんなことを考えてしまった。

 

難しいけど、印象にのこる小説だった。

苦労してよんだ小説は以外と、ずっと心に残るものだ。

 

 

medkann.hateblo.jp

 

金原ひとみさんの「YABUNONAKA」を読んで

たまたまyoutubeで金原ひとみさんのインタビュー動画をみた。

新刊「YABUNONAKA」についてのインタビューである。

内容というよりも、インタビュアーとの受け答えのやり取りにものすごく迫力を感じた。とても芯がある方だなと強く感じた。

いままで全く作品を読んだことがなかったが、これをきっかけに「YABUNONAKA」を読んでみた。

 

 

 

私とほぼ同世代で、芥川賞作家であることは知っていた。20年も物書きをしている。

その間に様々な賞を受賞されているようだ。

「YABUNONAKA」を読んでレベルの高さに驚嘆した。

様々な年代の男女が登場する群像小説であるが、50代男性の木戸の描写が胸をえぐられた。

なぜまだ40代前半の女性に50代の男性おじさんの気持ちがこんなにわかるんだとびっくりした。これぞ小説の天才だとおもった。ここまで想像力をもって他人を描写できる。

描写力だけではなく、メッセージ性の強さもあった。

メッセージも一言で言い表すのではなく物語全体で訴えかけてくるのだ。

テーマが「性加害」でありホットな話題ではあるが、陳腐なストーリー展開とはならず誰が主人公ということにもならず、それぞれの立場での性加害・性被害のとらえ方を描写している。

SNSの登場で被害者の権力は大きくなった。声を上げやすくなり、声が届きやすくなった。

加害者は言葉でぼこぼこに殴られる。

被害者も言葉で殴られ2次被害を受ける。

これが現在である。

 

問題が解決していくわけでもなく、奇をてらった描写があるわけではなく全体を通しては希望よりも絶望のほうが大きいと思うが、だからこそ文学性が大きいと思った。

生活との地続きを感じる物語。だからこそ

理屈で論破されるよりも、人の心や行動を変えていく力が小説にはあると思う。

誰もが、登場人物の誰かに共感もしくは共鳴してしまうところがあると思う。

自分性を登場人物に投影してしまう。

 

本当に素晴らしい作品だ。

 

朝井リョウさんの「イン・ザ・メガチャーチ」でも同様の感想を持った。

業界のトップ層にたつ人たちはやっぱりすごいんだなと素直に思った。

朝井リョウさんの「何者」を読む

たまたま「イン・ザ・メガチャーチ」を読んで面白かったので朝井リョウさんのほかの作品も読みたくなり直木賞作品の「何者」を読みました。平成24年の作品なので13年前の作品になります。

 

 

 

 

就活戦線×SNS×裏アカ が軸となっています。

 

就活生5人の人間性をリアルとSNSで織り交ぜながら、主人公の拓人(たくと)の目線で描写されます。

光太郎:拓人とルームシェアしている。陽キャ代表で歌がうまい。

瑞月:光太郎の元恋人。まだ光太郎の事が好き。ちょっとメンヘラ。夢を追うより家庭の事情で就活先を変更する。

理香:瑞月の友人。意識高い系で留学やボランティア経験を武器として就活戦線を戦う

隆良(たかよし):就活を馬鹿にしている。が実はしている。知り合いの知り合い作戦で自己アピール。

拓人:主人公で4人を分析している。

 

拓人は斜に構えており一見冷静に分析をしているように描写されているのだが…。

SNSの黎明期(ツイッターが始まったのが2008年らしい)という時代性をうまく切り取っている。この時代にしか書けない小説。切り取り方が上手だと思う。

就活なんてあったな

ツイッターってあったな

SNS空間は無法地帯だったな

と、何十年後の日本人がみたらなつかしくなってしまうのではないか。

 

そこで人間がやっていることは

見栄をはる

人を見下す

経歴で武装する

陽キャで人の心をつかむ

妬みなのだが分からないように正論っぽいことをいう

 

そしてみんな自分は正しいと思っているし

一生懸命に生活をしている。

 

朝井リョウさんの小説は生生しいのだが。

小説なので起承転結

があるのだが。

 

「結」の部分はぐるんとめまいがした。

刃物を突き付けているとおもっていたのに刃物を突き付けられていたとは…。

 

あわただしく結末を迎えるわけでもなく、たんたんと終わるわけではなく

ボーっとしてたら殴られたみたいな最後だった。

 

これはおもしろいわ。

カマスゲームにはまる

今 カマスが熱い

たまたま近くの漁港に行ったところたくさんカマスが釣れていた

一人10匹近く。

これはやってみなくては。

 

まったくうまくいかず一匹も釣れない。

両隣はたくさん釣っている。

勇気を出して話しかける。

「何で釣っているのですか?」

「ダイソーDJだよ」

「ありがとうございます」

 

私はジグメタルで狙っていた。釣れないわけだ。

そして翌週にダイソーDJを購入して早朝から釣りを始める。

全く釣れない。なぜだ?

勇気を出してまた話しかける。

「底のほうにいるよ」

狙っている棚(魚がいる水深)を見誤っていた。

表層のほうを狙っていたのだ。

底を狙う。するとカスザメという80㎝くらいのサメが釣れた。

なんでやねん、ってホントに思った。

カマスアングラー達が集まってきて、祝福してくれる。

私はカマスを釣りたいのだ。

 

翌週、底のほうをねらいダイソーDJを投げる。

確かにごつごつと魚に当たる気がする。

そして、初めてのカマスを釣った。

40㎝ほどのぶりぶりしたカマスだ。うれしい。単純にうれしい。

結局一匹しかつれなかったがまたいろいろと反省点が分かった。

針への掛りが悪いのだろうか。あたりはあるのだ。

ダイソーDJのフックは弱いと聞いたことがある。

釣具屋により、ちょっといい針を買いダイソーDJを改造する。

ミニ四駆の改造を思い出した。あれ楽しかったな。

 

そして今週、3匹釣れた。

ちょっとづつ情報を入手し、考え釣れたカマス。

隣の人は10匹ほど釣っていた。

まだまだコツがあるのだろう。

帰りがけにまた勇気をもって話しかけてみた。

「今日は中層であたるよ」

 

棚の妙。奥深く楽しいカマスゲームなのである。

カマスの塩焼きがめちゃくちゃうまい。油もしっかり乗っていて身も締まって食べやすい。鮎やサンマよりもおいしい。

自分で釣ったというバイアスもあるかもしれないけど。

 

地に足の着いた活動が楽しい。