古典、難解、思想的な本を読むにはパワーがいる。
そんな本だった。
救いは300ページほどなので、「罪と罰」に比べればハードルは下がる。
村上春樹さんの訳本を読むことにはまっており、その一環で読んでみたのだ。
なんの基礎知識もなしに読んだので、難しかった。
でも、複雑な問題を解いていくような心地よさがあった。
ファストフードみたいな本ではなく、洗練された日本食みたいな本。
知れば知るほど奥深そうという感じの本。
みんながいいというから、いい本なのだろう。
その良さがわからなければ、自分が悪い。
DJサリンジャーの作品を読んだのはこれで2作目だ。
1作目は「ライ麦畑でつかまえて」村上春樹訳だ。
「フラニーとズーイ」にも似たような雰囲気を感じた。
何か実体のないものに対して怒っているし、世界を汚いものという前提で捉えている。
時代背景のためなのか、青年期特有のものなのか、育った環境のためなのか
何か精神的な困難を抱えていたためなのか。
1961年の作品らしいのでサリンジャーが42歳の時の作品だ。
なにか嫌なことがあったのだろうか、と疑ってしまう。
ただその怒りはなんとなくわかる気がする。
自分は何者なのかに悩む思春期
社会の理不尽と自我の理想とに悩む青年期
色々あきらめる中年期
と私は中年期までやってきた。
「ライ麦畑でつかまえて」は思春期小説
「フラニーとズーイ」は青年期小説 という気がする。
そして、頭が良すぎるのも考えものだ。
色々と汚いものが見えてしまうし、知識も豊富だから現実の複雑さをそのままとらえることができず苦しんでしまう。
高学歴中年問題も頭をよぎった。
「まあ、適当に生きればいいじゃん」ができない苦しさがあると思う。
サリンジャーは晩年、隠遁生活を送っていたようで現実からの逃避したかったのかもしれない。
中年になり「あきらめる」事ができなかったのではないか。
そんなことを考えてしまった。
難しいけど、印象にのこる小説だった。
苦労してよんだ小説は以外と、ずっと心に残るものだ。
